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2006.10.20

よせばいいのに

 という思いが強かった。「きっこ」は、ブログのままだからこそ価値が高かったし、現在も王座に君臨しているでしょう。毎日、Webを開くのが楽しみで、前進的に読み進めることが快感になっています。この本はこの本でよくできているかもしれないが、なんだかスパイスが抜けた感じ。少なくとも私にとってはつまらない存在です。「きっこのDVD」ででもあれば、また、対談でもしてくれれば本物に出会えて味わいは違うのかもしれないが、動的なものを活字でせき止めてしまい、丁寧にゴミ拾いまでやっちゃったら、それは面白くないな~ということになってしまう。記念に一冊は買いましたし、ずっと持っているつもりです。ちょっと観点は違いますが、文学作品を映画化でだめにしてしまう逆みたいなものだと思うのですが、いかがでしよう。


2006.10.19

心にナイフをしのばせて

 1969年4月、高校生によって、同級生の首を切断するという陰惨な事件が起きた。私と同世代である。この事件については、新聞やテレビでも当時大々的に報道されていたので鮮烈な印象を持っていた。C学園に妹さんが通っていることも新聞報道されていた。今なら、個人情報保護という観点から、そんな報道はしないだろう。神戸の事件の時も、すぐにこのことを思い出した。静かな東急田園都市沿線でおこった事件であった。30年以上前、私の大学時代に、心理学の研究で、犯人側の家系図をもとに精神の遺伝的形質についていささか勉強した。
 先週の「NHK週刊ブックレビュー」を見ていたら、この事件に関する「心にナイフをしのばせて」が紹介されていたので、手に入れて、あらためて家族の不幸な運命を憂えた。通り一遍だが、気の毒な家族だと思った。そして、誰にでも起こりうることだとも思って、身につまされた。
 ドキュメントを読んでいつも感じることだが、プライバシーの最たる部分を、公表を前提に語った家族には、ほんとうに頭が下がる。執拗なほどまでに追究した筆者にも敬服する。
 洋君が身をもって示したことを、洋君の無念を、みんなの心の財産としなければならない。みんなに読んでもらいたい。そして、「法」とは何か、あらためて考えたい。「法」については、素人だが、だからこそ、その根源的な部分について考えなければいけない。裁判制度が変わろうとしている今だからこそ、という思いもある。
非常に疲れて、一気には読めない一冊であった。この事件はまだ終わっていない。


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