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2005.01.20

学力低下 その1

 中国文化大革命時代に大学を卒業した層の学力が低くて、指導層の年齢に達したとき、さまざまな点で支障をきたしているという中国側の報道を目にしたのは、もう何年も前のことだ。だが、はたして、日本で、これに似た現象がなかったであろうか。戦後の混乱期から高度成長時代を驀進し東京オリンピックを駆け抜けた日本社会は、強制に対する反発と豊かさへの渇望をあらわにし、それこそ「共同幻想」を抱いていた。学生は、各大学の自治会を中心として蜂起し、東大は、4年生全員が留年するという事態まで招いた。各大学は、講義をレポート提出に替え、治外法権という発想まで飛び出す始末であった。すべてがそうだったわけはないのだが、連鎖的に酔ったのは、かつての帝国主義路線を走ったときに似ている。時の文部省は、「ゆとり」をもとめ、「学力偏重」せず、「能力別」を廃した。小学校生活科指導資料に例示されたことにより、全国のメダカは激減し、さらに「総合的学習」が義務づけられ、結果、「読み・書き・そろばん」は、軽視されることとなる。学力低下など、調査結果を待つまでもなく、火を見るより明らかだった。訴える術をもたないだけで、一般常識を持つ大人なら誰でもそんなことは知っていた。「最近の学校はダメだ。勉強を教えない。みんなが一等賞なんていう運動会なんてあるか。」平等をはき違えた過ちである。
 いまさら、学力重視と言われても、軽視された世代は どうすればいいのか。生涯学習というわりには、一番吸収する、基礎基本をなす小中学校教育が揺らいでいる。かつて大学教育を自ら損なったように。英語を教えのも、英語で教えるのも結構だが、根本から考え直さないと日本の教育、いや、日本人はダメになる。とりあえず、同時代を生きた人間の責任は重いと認識すべきである。次世代を真剣に育てなければならない。今のひずみは大戦後ずっと引きずっている。引き金となった戦争責任は、さらに重いのは言うまでもない。


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