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2004.11.18

やちまた

 国文法学者の本居春庭は、宣長の嫡子である。幼くして視力を失いながら、努力の人である。「詞の八街(ことばのやちまた)」を世に問い、現在の国文法の基礎を築いた人物である。もともと宣長は国学の研究者であり、春庭も、大いにこの影響を受けた。伊勢松阪の本居宣長記念館に、膨大な資料が現存する。蔵の中には、未整理の資料が数多く眠っているということだ。
 足立巻一氏の「やちまた」(上・下)に詳しい。現在は絶版である。この本の存在は、学生時代から知っていたが、先立つものがないと思っているうちに書店からは姿を消してしまった。そうすると、是が非でも手に入れたくなるのが私の性格である。図書館で借りたものを、すべてコピーして、とりあえずの所蔵とした。
 かなりの蔵書家である国文学研究者のある方と知り合いであるが、私が、あんまり「やちまた」の話をするものだから、気の毒に思ってか、貴重な版本「詞の八街」(上下二巻)と足立巻一「やちまた」(上下二巻)をくださった。
 平成二年になって、再版され、書店の棚に昇ることになる。それほどに、国学研究者の需要が高かったのであろうと思う。

 私が「やちまた」を、日本点字図書館に持ち込んだのは、平成7年の夏である。視力に障害をおいながら、家族の協力の下、大成する春庭の行き方を是非紹介してもらいたいという趣旨で、「やちまた」の録音図書製作をお願いした。趣旨が理解され、製作が決定したものの、あまりの読字の難解さに、音を上げたようだ。松阪の本居宣長記念館で、宣長を研究されている吉田先生には、以前お世話になったことがあるが、その節、漢字の読み方について何度もやりとりされ、手を煩わせたたと聞いた。

 よいものは、何年経っても色あせない。そんなことを考えている。

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2004.11.15

沖縄語の話

 沖縄の話題が続きます。どうしてでしょう。沖縄には、平安時代の古い日本語が息づいていて、古語辞典でお目にかかるような意味がある場合も少なくないのです。漢字を当ててみれば、な~るほど、と、語源が理解できるものがたくさんあります。いくつか紹介してみます。メーンソーレー(参り候へ!)ようこそ、いらっしゃいました。中古(平安時代)の「二方面に対する敬意」です。ニフェーデービル(二拝で侍る)、(ミフェーデービルの場合は、「三拝」。より丁寧な表現)ありがとうございます、の意です。ヌチドゥ タカラ(命ぞ、宝)そのままの意味です。沖縄本島で決戦を体験したからこそ、身にしみて繰り返された言葉です。イチャリバ チョーデー(行き合えば兄弟)袖振り合うも多生の縁。沖縄の人は、親切で明るい人が多いです。ウンジョー(雲上)イッペー(いっぱい)チュラカーギ(清らな影)「雲上」はあなたを意味する敬称、「チュラ」は「清ら」に同義、「美ら」と書くのは、当て字ですが、雰囲気はこちらの方が出ていますね。カーギは「姿」の婉曲表現。源氏物語の「かしこき御影(みかげ)」と同じ意味です。奥ゆかしい表現ですね。対義語は、ヤナカーギ(いやな影 いや←否)となります。サーターアンダーギー(砂糖油揚げ)、揚げたてのサーターアンダーギーは、ふわふわで、とてもおいいのですが、少し固めなのが本来のものだそうです。本土ではあまりお目にかからないシークァーサ(酢、食わそー)とにかく酸っぱい果実。慣れると口当たりがとてもいいですね。カリユシ(嘉例吉)めでたいこと、縁起がいいこと。このことばもいろいろなところで聞きますね。ユガフー(世果報)豊年、豊作を意味するおめでたい祝いの言葉だそうです。NHKの「ちゅらさん」によく出てきた食堂は、「ゆがふ」でしたが、同じ意味です。カチャーシー(掻き回し)うれしいことも悲しいことも、いろいろかき混ぜて、まあ、楽しくやろうよという、いかにも南国にふさわしい踊り。ミミグワー(耳小、耳箇)コラーゲンたっぷりのブタの耳。チラグワー(面小、面箇)ブタの顔。国際通りの公設市場にたくさんあったのを見かけました。ゆいレール(結いレール)、ユンタ(結い歌)、ユイユイなど、人と人とのつながりを大切にした「結い」という言葉も印象に残ります。私は、昔から、とにかく沖縄が好きなのです。

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2004.11.11

平和への衝動

 沖縄県那覇市で宮良ルリ先生の講演を聴く機会がありました。ひめゆり部隊の看護学生として、九死に一生を得、沖縄戦の生き証人として、戦争の悲惨さを切々と語られる姿には、毅然とした迫力を感じました。現在までに、数々の講演活動を続けておられる方です。
 「宮良」という姓は、主に八重山を中心とし、ある程度、地域的に限定されているので、私の大学時代に、言語学の論文のお手本として学んだ故宮良当壮博士の、几帳面な肉筆の卒業論文のことなどを思い出してお話ししたところ、ルリ先生は姪御さんにあたられる方だとわかり、びっくりしましたが感激もまた一入でした。宮良博士は、方言学の権威として、全集も刊行されており、今なお、業績が高く評価されている方です。
 講演に先立って、宮良先生の、長年の教師生活をとおして思うことを伺うことができましたが、現代の抱える諸問題を憂える言葉の数々は、実に説得力に富んだものでした。

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2004.11.01

首里城

 首里城が再建されたのは、本土復帰を遂げてしばらく時を経なければならない。その苦心はNHKプロジェクトX(DVDとして発売中)に詳しい。朱の瓦がなかなか焼けないというものである。戦火によって消失した建造物についての史料はあまりにも少なかった。記憶と、わずかな手がかりを頼りに再建に挑んだ沖縄の英知が、情熱が、経緯が、克明に記録されている。
 現在、沖縄県文化財保護委員長をしておられる宜保栄治郎先生の紹介で、真栄平房敬先生にお目にかかったのは、今から30年以上も前になる。琉球方言の言語踏査の際、インフォーマント(話者)を紹介して頂くためであった。当時、真栄平先生が、戦前に首里城に出仕されていたことを伺ってはいたが、その後、これほどの難事業を成し遂げられるということは想像だにしなかった。今日、また首里城の壮麗なたたずまいを目の当たりにする機会を得、このことが懐かしく思い出された。(那覇にて)

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